東京地方裁判所 昭和50年(ワ)139号 判決 1975年10月09日
原告
萠出はるの
ほか四名
被告
日本交通株式会社
ほか一名
主文
被告らは連帯して、原告萠出はるのに対し金六三一万七、四五〇円および右内金五九一万七、四五〇円に対する昭和五〇年一月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告萠出孝一に対し金三四九万一、四四五円および右内金三二九万一、四四五円に対する昭和五〇年一月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告橋本恵美子、同萠出将憲、同萠出久子に対し各金三一三万六、二二四円および右各内金二九三万六、二二四円に対する昭和五〇年一月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その四を原告らの負担とし、その六を被告らの負担とする。
この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告らの請求の趣旨
被告らは連帯して、原告萠出はるのに対し金九九二万四、〇九五円および内金九二二万四、〇九五円に対する昭和五〇年一月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告萠出孝一に対し金五六八万七、〇四七円および内金四九八万七、〇四七円に対する昭和五〇年一月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告橋本恵美子、同萠出将憲、同萠出久子に対し各金五二八万七、〇四七円および各内金四五八万七、〇四七円に対する昭和五〇年一月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 原告らの請求原因
1 事故の発生
訴外亡萠出三義(以下亡三義という)は次の交通事故(以下本件事故という)によつて即死した。
(一) 日時 昭和四九年一月一七日午前〇時三二分頃
(二) 場所 千葉県柏市今谷上町五七番地先路上
(三) 加害車 営業用乗用自動車(足立五五い四七九)被告平川悦久運転
(四) 被害者 亡三義
(五) 態様 亡三義が訴外亡長嶺福松と二人で歩行中、加害車が右両名を車両の前部ではね飛ばした。
2 責任原因
被告平川悦久は本件事故につき前方不注視の過失があつたので民法第七〇九条の不法行為責任があり、被告日本交通株式会社は加害車の所有者であり、かつタクシー営業のため運行の用に供していたものであるから自賠法第三条の責任がある。
3 身分
原告萠出はるのは亡三義の妻であり、原告萠出孝一、同橋本恵美子、同萠出将憲、同萠出久子は亡三義の実子であつて、亡三義の本件損害賠償債権を、右はるのが配偶者として六分の二、右孝一、恵美子、将憲、久子が子として各自六分の一宛相続により取得した。
4 損害
(一) 葬儀費
原告萠出孝一は葬儀費として金四〇万円を支払い同額の損害を蒙つた。
(二) 逸失利益
亡三義は本件事故当時満四六才で、米作および畑作農業を一人で営むかたわら、毎年農閑期の一一月より翌年四月までの間は宮本建設工業株式会社の工事人夫として勤務していたもので、本件事故前一年間の農業収入は金二〇五万二、〇〇〇円、昭和四八年一一月一〇日から同四九年一月一六日までの間の工事人夫としての収入は金四四万一、〇三〇円であつたから一年間に得られる工事人夫の収入は金一一七万三、七八五円が得られるはずであつた。
亡三義の生活費は右収入の三五%以下と考えられ、その就労可能年数は二一年間と考えられるからホフマン式計算により年五分の中間利息を控除して本件事故時の現価を計算すると、農業の逸失利益が金一、八八一万一、六四八円、工事人夫としての逸失利益が金一、〇七六万〇、六三五円となる。
原告萠出はるのは前記六分の二の相続分に従い金九八五万七、四二七円を、原告萠出孝一、同橋本恵美子、同萠出将憲、同萠出久子は前記六分の一の相続分に従い各金四九二万八、七一四円をそれぞれ相続した。
(三) 慰藉料
生前の亡三義は病気一つしたことなく、いたつて健康で仕事にも熱心な四六才の働きざかりの男性であつた。
子供らはそれぞれ別の仕事を持つているため前記のとおり亡三義一人が農業を行い、農閑期にはきまつて出稼工事人夫として建設現場で働き一家の生計を維持して来た。
しかるに亡三義が死亡したため現在では農業もできない状態で休耕を余儀なくされている。
右のとおり、原告らは収入を失つた上に、肉身を失つた精神的苦痛は甚大であるが被告らは全く誠意なく本件賠償にも応じようとしない態度である。
右の事情を勘酌すると原告萠出はるの慰藉料として金二七〇万円、原告萠出孝一、同橋本恵美子、同萠出将憲、同萠出久子の慰藉料として各金一三二万五、〇〇〇円が相当である。
(四) 弁護士費用
原告ら五名は本件訴訟を弁護士古屋俊雄に依頼し、弁護士費用として各自金七〇万円を判決時に支払うことを約束したが、右費用も本件事故により生じた通常損害と言うべきである。
(五) 損害の填補
原告らは自賠責保険から金一、〇〇〇万円の支払を受けたので、前記相続分に従い原告萠出はるのが三分の一の金三三三万三、三三二円、原告萠出孝一、同橋本恵美子、同萠出将憲、同萠出久子が六分の一の各金一六六万六、六六七円宛受領し各自の損害に充当した。なお原告萠出孝一の負担した治療費金四万七、七九〇円は被告らより支払を受けたので本件請求から除外した。
5 結語
よつて原告らは、被告らに対し請求の趣旨記載の金員およびこれらに対する本件事故後で本件訴状送達日の翌日である昭和五〇年一月二八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告らの請求原因に対する認否
1 請求原因第1項(事故の発生)、第2項(責任原因)第3項(身分)は認める。
2 請求原因第4項(損害)のうち(五)(損害の填補)は認め、(一)(葬儀費)(四)(弁護士費用)は不知、その余は争う。
原告らは逸失利益の計算について、亡三義は六七才まで即ち今後二一年間稼働可能として計算しているが農作業にしても宮本建設の工事人夫にしても重労働であり六七才まで稼働できるとは思われない。従つてせいぜい後一〇年間の五五才位までの逸失利益の計算が妥当ではないかと思われる。
三 被告らの抗弁
本件交通事故のあつた道路は所謂水戸街道で昼夜を分たず交通量の多い場所で車道上を人が歩行すべきところではない。被害者は歩行者用の路側帯から多少車道上にはみ出て歩いていたのではなく全然路側帯のあることを無視して車道上のセンターライン寄りを酒によつて歩いていたもので通常では全く考えられないことであり、その過失は重大であるので過失相殺を主張する。
四 原告らの抗弁に対する認否
被告らの抗弁の主張は否認する。
本件事故現場は見通しの良い直線道路で道路の両側は商店とか住宅が密集しており歩行者も多く最高速度は時速四〇キロメートルに制限されていたところ被告平川は右制限を三〇キロメートル以上も超過する時速七〇ないし七五キロメートルの速度で加害車を進行させ、加えて対向車のみに気を奪われ前方をよく注視していなかつた過失により被害者を二・一メートル手前に至るまで発見できなかつたものである。よつて本件事故は被告平川の一方的な過失によるものである。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因第1項(事故の発生)、第2項(責任原因)、第3項(身分)は当事者間に争いがない。
二 請求原因第4項(損害)について判断する。
1 葬儀費
〔証拠略〕によれば亡三義の葬儀費として原告萠出孝一が金四〇万円以上の出費をしたことが認められるが、そのうち本件事故と相当因果関係にある損害としては、右原告主張のとおり金四〇万円が相当と認められる。
2 逸失利益
〔証拠略〕によれば、亡三義は原告萠出はるの、同萠出将憲、同萠出久子と共に同人らの肩書地に住み、一家の生計を維持するため先祖代々の土地で長年にわたり農業を営んできたが、本件事故当時満四六才の健康な男性であつたこと、亡三義は一人で水田七反(当時休耕していた水田を除く)、畑約八反を耕作し米、長芋、大根、ナタネを生産して昭和四八年度は金二〇五万二、〇〇〇円の収入をあげてきたこと、また農閑期の一一月から翌年の四月までは、三年前から東京の宮本建設工業株式会社(以下宮本建設という)へ出稼ぎに行き今後も行く予定であつたが、昭和四八年度は一一月一〇日から翌年四月二〇日まで右宮本建設でビル建設の仮枠板の組立の仕事をする予定であつたところ、本件事故により昭和四九年一月一六日までの六八日間しか働けなかつたがその間金四四万一、〇三〇円の収入を得ていたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する〔証拠略〕は前記証拠に照らし措信できず他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば亡三義は宮本建設で一日当り金六、四八五円の平均収入を得ていたので、本件事故がなければ昭和四八年一一月二〇日から同四九年四月二〇日までの一六二日間には金一〇五万〇、五七〇円の収入が得られたことが認められる。
従つて亡三義の年収は農業収入と出稼収入の合計金三一〇万二、五七〇円となる。
亡三義の生活費は右認定事実によれば原告ら主張のとおり収入の三五パーセントが相当と認められ、稼働期間については厚生省作成の昭和四八年度簡易生命表によれば亡三義(本件事故当時四六才)の平均余命は二八・四〇年であり、また右認定事実によれば亡三義は永年農業に従事してきたので体力的にも優れていると推認されるので、今後少なくとも一七年間(六三才まで)は十分農業に従事出来るものと認められ、さらに建設業への出稼が中高年層に多くかつ建設関係の作業が必ずしも農作業と異質なものとは言えない点及び今後も宮本建設へ出稼ぎに行くことになつていた点を考慮すると、亡三義は農業の出来る六三才まで農閑期を利用して出稼による前記収入が得られるものと認められる。
よつて別紙計算のとおり複式ライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すると金二、二七三万五、九四三円となる。
亡三義の右損害賠償債権を前記相続分に従つて原告萠出はるのが金七五七万八、六四七円、その余の原告らが各金三七八万九、三二四円宛を相続した。
3 慰藉料
亡三義と原告らの前記身分関係、本件事故の態様(後記過失相殺の点を除く)等本件口頭弁論に顕れた一切の事情を考慮すると亡三義の死亡したことによつて原告らが精神的苦痛を蒙つたことは容易に推認でき、右苦痛を慰藉すべき金額は原告萠出はるのにつき金二七〇万円、その余の原告につき各金一三二万五、〇〇〇円と認めるのが相当である。
三 過失相殺の抗弁について判断する。
〔証拠略〕によれば、
千葉県柏市今谷上町五七番地先路上の本件事故現場は松戸市(南西方向)から柏市(北東方向)に通ずる県道松戸、柏線(通称旧水戸街道)の路上で、幅員約七・六メートルの直線道路であるが、衝突現場付近は市街地で東南方向に通ずる幅員約三・四メートルの道路が分岐するT字型交差点がある。右県道には車歩道の区別はないが道路の北西側に幅員〇・五メートルの路側帯線が、東南側には幅員約一・〇メートルの非舗装道路(歩行可能であるが少し凹凸になつているため歩きにくくなつている。)が設けられ、夜間照明は殆んどなく三差路に螢光灯(四〇ワツト位、地上三・五メートル位)が一基設けられたのみで付近一帯は薄暗いが、車両の運転手からは前照灯をつけた場合障害物はなく比較的見通しのきく場所であること、右県道の交通規制については最高速度が千葉県公安委員会の指定により四〇キロメートル毎時であるほか道路中央に黄色の追越し禁止線が標示されていたこと、被告平川は加害車を時速七〇キロメートルで県道を柏市方面から松戸市方面に向け進行中、本件事故現場付近で対向車があるのを発見したが、減速することなく前照灯を下向きに減光しただけで衝突地点の前方一九・六メートルの所を対向車とすれ違つた際、対向車に気をとられ、また対向車の前照灯に目がくらんだため前方不注視になり(前照灯を下向きに減光しても前方二五メートルまで見通せる。)、加害車と同一方向に向け歩行中の被害者亡三義と訴外亡長嶺福松を自車前方一一・一メートルに近づくまで発見出来ず、発見と同時に急ブレーキをかけかつハンドルを右に切つたが間に合わず、加害車の左前部を右被害者に追突させ、同人らをはね飛ばしたこと、亡三義は元来酒に強かつたが本件事故の前日午後七時頃から宮本建設の飯場で冷酒を飲み始め、午後九時頃からは右長嶺らと外に飲みに行き、かなり酒を飲み本件道路を右長嶺と並んで歩いていたこと、加害車の運転手である被告平川が右二人を発見した時右長嶺は舗装部分と非舗装部分の境から二・一メートル、亡三義は一・七メートル(右境からセンターラインまでは二・九メートル)の道路のセンターライン寄りを歩いていて背後からはね飛ばされたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実によれば被告平川には前方不注視の過失(当事者間に争いがない)と速度違反の著しい過失が認められ、他方亡三義は道路右側端を歩行しないで左側のセンターライン寄りを歩行した点(道路交通法第一〇条違反)に過失が認められ、本件事故におけるその過失の寄与割合は被告平川が九割、亡三義が一割と解するのが相当である。
よつて原告らの損害を右過失割合によつて過失相殺すると、原告萠出はるのの損害は金九二五万〇、七八二円、同萠出孝一のそれは金五〇〇万五、九〇二円(但し、当事者間に争いのない治療費金四万七、七九〇円も損害に加えて計算した。)、その余の原告のそれは金四六〇万二、八九一円となる。
四 損害の填補
請求原因第4項(五)(損害の填補)は当事者間に争いがない。
よつて原告萠出はるのの損害残額は金五九一万七、四五〇円、同萠出孝一のそれは金三二九万一、四四五円(但し、自賠責保険金一六六万六、六六七円と治療費として填補のあつた金四万七、七九〇円を控除した。)、その余の原告のそれは金二九三万六、二二四円となる。
五 弁護士費用
〔証拠略〕によれば、原告らは本件訴訟の追行を弁護士たる本訴代理人に委任し、その報酬等に訴願の一割である金三五〇万円を各自均等に支払う契約をしたことが認められるが、本件訴訟の認容額、事案の難易、訴訟経過等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある損害として被告らに請求できる弁護士費用は原告萠出はるのについて金四〇万円、その余の原告については各金二〇万円を認めるのが相当である。
六 結論
以上のとおり、被告らに対し、原告萠出はるのは金六三一万七、四五〇円および弁護士費用を除いた右内金五九一万七、四五〇円に対する本件事故後で本訴状送達日の翌日である昭和五〇年一月二八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による金員の、原告萠出孝一は金三四九万一、四四五円および弁護士費用を除く右内金三二九万一、四四五円に対する右昭和五〇年一月二八日から支払済みに至るまで右年五分の割合による金員の、原告橋本恵美子、同萠出将憲、同萠出久子は各金三一三万六、二二四円および弁護士費用を除く右各内金二九三万六、二二四円に対する右昭和五〇年一月二八日から支払済みに至るまで右年五分の割合による金員の、支払をそれぞれ求める権利があるので、本訴請求は右の限度で正当としてこれを認容し、原告らのその余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 馬渕勉)
別紙
亡三義の逸失利益
3,102,570円×(1-0.35)×11.2470≒22,735,943円